歴代日本国天皇陵/歴代日中剣道連盟

常書鴻先生遺言に基づく各関連資料

・敦煌仏教説法図資料販売
・ODA外交汚職の証拠
・皇宮警察への公益通報書面
・創価学会秘話
・自民党 日本政府の犯罪証拠の売却
・自民党・創価学会の犯罪
・日本ユネスコ国際委員会への公益通報
・創価学会が敦煌文物経典『勝鬘経義疏』等写を詐取
・三井物産宛 事実確認書

「敦煌の守り人」故常書鴻先生(敦煌文物研究所名誉所所長、中日友好協会理事)伝来の『敦煌莫高窟総録257窟仏教説法図壁画資料』販売

私たち歴代日中剣道連盟は、日本と中国における双手刀剣術を通した文化交流をベースに両国が未来に向けて友好的な発展を続けていくことを願い日々活動しています。 近年日中両国間においては政治的な問題などからその関係が悪くなっていることは大変残念ではありますが、こんな時だからこそ、文化を通して平和的友好的な関係を築く道を本気で考えなければいけないと強く心に決意している次第です。

さて今回、当連盟代表野上小達より氏の所有する資料を販売したいとの話がありこちらで紹介させて頂きます。
その資料は、[中国シルクロード 敦煌莫高窟の仏教説法図壁画模写を印刷したもの]です。

敦煌莫高窟 仏教説法図壁画模写の写し・写真
現物は名刺を取ったものになります
敦煌莫高窟 仏教説法図壁画模写の写し・写真

作者は「敦煌の守り人」「敦煌の守護神」と呼ばれる常書鴻先生で、氏は砂漠の中に埋もれていた敦煌莫高窟を生涯をかけて発掘・保存された近代中国の偉人です。
先生は、日本が法隆寺を"最初の"世界遺産に登録したいと考えていた時に、敦煌莫高窟と法隆寺の関係を証明して頂いた方でもあり、氏が描かれた模写は歴史的資料としても大変貴重なものであると聞いております。

本資料に描かれているテーマは、敦煌莫高窟総録257窟 仏教説法図壁画の中で、九色に変化する鹿の物語を描いたものです。善い行いを沢山するよう「因果応報」を説いた物語と言われています。常書鴻先生は、同様の模写を香港文化博物館にも納められています。

今回販売する資料は、常書鴻先生による壁画の模写(一点物)を印刷したものになります。

■購入お問い合わせ:歴代日中剣道連盟事務局まで、メールにてお問い合わせ下さい。(交渉、売買契約は当連盟代表 野上小達と行って頂くことになります)
email : jyoushokou-info★jpn-imperial-mausolea.com(スパムメール対策で表示を変えてあります。★を@に変更してご使用下さい)

※私たちは日中友好のための競技を目的とした「歴代日中剣道連盟」として活動しておりますので、本資料販売終了後は当ページを削除致します。

本資料に込められた常書鴻先生の想いに学ぶ

常書鴻先生と妻 李承仙
(左)夫人 李承仙、(右)常書鴻先生

■常書鴻先生は1994年6月23日に中国で永眠されました。

今回販売する資料は、常書鴻先生ご存命時、先生より当連盟代表 野上小達に託された遺言状に添えられたものであり、常書鴻先生の無念さと平和への願いが込められています。

事の始まりは法隆寺を世界遺産申請するにあたり、日本側が常書鴻先生と連絡を取ったところから始まります。
世界遺産登録されるためには、その条件としてすでに世界遺産登録されているものとの関連性が必要であり、シルクロードを通った仏教伝来の終着点としての法隆寺をアピールする中で、中国の世界遺産敦煌莫高窟とのつながりを証明してもらう必要があったのです。

その一環として1958年、日本橋高島屋において「敦煌芸術展」が企画され、その準備のため常書鴻先生は1957年 東京藝術大学に招聘されました。当時は日本と中国の国交のない時代なので、招聘は困難を極めたそうです。
そしてこの時、東京藝術大学で助教授をしていた平山郁夫先生との出会いがありました(平山郁夫先生は第6代・第8代東京藝術大学学長を務め、文化勲章を受章された方で、法隆寺金堂壁画模写の助手を務めたことで敦煌莫高窟の仏教壁画に興味を持たれたと言われています)

これ以降東京藝術大学と中国敦煌莫高窟との交流は現在までも続いており、東京藝術大学大学院の終了制作として「敦煌莫高窟壁画」の模写が制作されるなど、素晴らしい成果を残しています
しかし良い事ばかりではなく、平山先生は中国敦煌莫高窟にからみ告発されるようなことを行っていた、などの問題もあるようでとても残念なことです。

次に、常書鴻先生は、法隆寺世界遺産登録にからみ法隆寺と日本政府、NHKから障壁画「シルクロードから来た天女」の制作を依頼され、法隆寺に作品を納めました。
しかしふたを開けてみると、作品はなぜか中国仏教協会が寄贈したことになっており、裏で国家間による不当外交が行われ約束が破られたことを知り、大きなショックを受けたそうです。

その時先生を助けたのが、創価学会池田大作名誉会長であり、「公明党を通じて政治的配慮を頂いた」と常書鴻先生はおっしゃっていたそうです。
1985年と1990年には、東京富士美術館において敦煌の展覧会も開催され、また創価学会東京牧口記念会館には常書鴻作『チョモランマ峰に登る』(540×340cm)油彩画の大作も展示されています。
その他、常書鴻先生と池田名誉会長との対談なども行われています。

常書鴻先生と池田名誉会長との対談
常書鴻先生と池田大作氏との対談

もやもやした気持ちを抱えていた常書鴻先生は、1990年3月19日『政治とカネ(毎日新聞社政治部出版)』を読んだことで更にショックを受け、平山郁夫先生をはじめとする日本画壇と政治家との金のつながりなど子々孫々までの不当外交問題ではないかと指摘されました。

また、平山郁夫先生の出世作といわれる作品『仏教伝来(1959年院展・佐久市立近代美術館蔵)』が、本資料の『敦煌莫高窟総録257窟 仏教説法図壁画』を参考に名前を変え構図を逆にしたものであることを伏せて、平山郁夫先生は「~啓示をうけたといえばいいのでしょうか。私が見つけだしたのではなく、向こうからその僧はやってきたのです」と表現しました。このことに対しても、常書鴻先生は信頼した絵描きからの裏切りのように思われ、痛恨の念にかられたと聞き及びます。
これら様々なことから、日中友好のためにも不正を正して欲しいと今回販売する敦煌仏教説法図を含め関係資料を提供、遺言による内部告発をしたそうです。

そして協議の上、1992年(平成四年) 10月13日、東京地方検察庁特捜部に前出の告発状を提出。受理され、嫌疑不十分となり、現在 常書鴻先生による遺言内部告発が外交上不本意な状況となっている、ということのようです。

終わりに

今回の資料に描かれた仏教説法図は、善い行いを沢山するように「因果応報」を説いた物語です。
砂に埋もれた敦煌莫高窟を生涯かけて守り残した常書鴻先生の真摯な姿勢を私たちも学び、誠実で平和的な日中文化交流を目指していきたいものです。

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